*****************************
共働きで、5歳と3歳の2人の子どもを育てています。義母と同居。義母は、孫がかわいくてたまらなく、なんでも買ってくれます。おもちゃも溢れているのに、また買ってくれます。
私がしかると、子どもの見方になって、私の立場をなくしてしまします。例えば、子どもが「アイス、食べたい」「あまいものはダメ!」と私が言っても、「いいじゃないか。お母さんはけちだねえ」というのです。
困ったらおばあちゃんに泣きこむと思いどうりになるから、私の言うことを聞きません。
******************************
かわいがってくれるおばあちゃんがいて、幸せですね。いつまでもお元気でいて欲しいですね。お年寄りにかかわってもらったお子さんは、私は優しさを学んでくれると思います。
親は、忙しくゆとりがないし、また子育てへの夢もありますから、一生懸命になります。子育て必死ですから、きりきりしがちです。だれもが同じ。
でも、そこで、一息入れてくれるのがおじいちゃん、おばあちゃん。わたしも、父母に助けてもらって働き続けることができました。
でも、意見が違う!困った!
お父さんはどのようにかかわっているかな。
そうはいっても子育ての責任者はお父さん、お母さん。ほんとうに大事なことは父母の考えが基本ですから、まずはお父さんと良く話し合ったらどうでしょうか。話し合いができることが、決定的、できるようになることが夫婦の絆を作る努力です。
「ご飯に差し支えるから、甘いものは控えて欲しいんだ」など、言いにくいことは息子である夫に仲立ちしてもらうのも、いいと思います。「私たちはこう育てたいんだよ。」と解ってもらうように。
苦しい時代に育った方ですから、孫はかわいい、何でも与えたい、その気持ちは解らないではありません。
私は、その点では楽に子育てしました。それは、大事なことについては、私の父も母も、「お父さんとお母さんに聞いてみようね」と、結論を出さずに私たちに責任を任せてくれたからです。
それでも、父母が緩衝帯になってくれていたことを、ずいぶん後になって知りました。その良い例は、私のホームページの「コラム・紀行」に投稿してあるエッセー、「虫歯の話」です。ご覧になってください。青臭くて未熟な母、でも子育て一生けんめいな母としてのわたしがそこにいます。
嫁、姑(古い言葉ですね)の関係では「近所の他人に姑を誉めること。本人がいればなおよろし。」(反対の立場の同じこと)、これが秘訣だそうです。
大先輩から私も学びました。